挑戦しなければ失敗はしない、けれども絶対に成功することはない

挑戦しないと成功しないよ

前回の記事で無名ライターの考えなんて誰も興味を持たないよ。なんて書いておいて月の半ばを過ぎたところで、連日のエッセイに逃げてしまう私をお許しください。

アーメン日高屋タンメン。

普段は「です、ます」調で記事を書いていますが、エッセイは「だ、である」調で思いの丈を文字にぶつけてしまおうと思っています。

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言うは易し 行うは難し

「横山やすし、西川きよし」と間違えそうになったのは秘密ですよ。

タイトルに書いた、【チャレンジしなければ失敗しない、けれども成功することは絶対にない】というコトバ。

これは、自己啓発系というよりは自己研鑽というか、キレイゴトとまでは言わないが、格言として好まれるふしがあるように思う。

この手のコトバはまさに、言うは易し、行うは難しである。

耳障りが良いというか、「私は前向きなんです!」と言っておけばいいだろう。とりあえず言葉にして発しておけばまずは安心だ。といったような気持ちになったことはないだろうか。

私はあります。

言葉は本当になる

とはいっても、口に出した言葉は現実のものになる。という考え方も世の中に浸透している。

「あいつは口だけ。」とか「口では立派なことを言うけど、行動が伴っていない。」といったような言葉を耳にしたことがないだろうか。

口だけ野郎とか口が達者といって相手を非難してしまいがちであるが、もしかしたら彼ら(彼女らかもしれない)は【言葉は本当になる】ということを実践している最中と考えることはできないか。

挑戦することに寛容でない

よく失敗することに寛容ではない。ということを見聞きすることがある。そもそも失敗に対して寛容ではないのではなく、挑戦すること自体に寛容でないのではと最近は考えてしまう。

まあ、十中八九失敗するだろう。いや、成功するわけがない。むしろ成功して欲しくない。成功してもらったら困る。成功されたら悔しい。そこにはこのような感情が渦を巻いている。

挑戦するということは失敗と隣り合わせである。失敗するくらいだったら、変に挑戦なんかしない。といったような、安定志向のようなものがそこにはある。しかし、停滞は衰退である。

挑戦する側の覚悟が足りない

なんやかんや好き勝手に書いてきたけれど、結局は挑戦する側の覚悟が足りないのだと思う。

失敗に寛容ではないとか、失敗した者を受け付けない社会だというのは、悲しいかな負け惜しみに過ぎない。失敗したなら成功するまでトライするしかないのだ。

私は失敗が大得意である。

恥を忍んで言うが、20代と30代の2度会社でリストラをされたのだ。自分の力量不足なのだろうか。あの時にこうしておけば首の皮はつながっていただろうか。あれこれ思いを巡らせたが過去は戻ってこない。

それならば、いっそ挑戦するきっかけを与えてもらったと思った方がよいのではないだろうか。

一度の人生。どう生きるかは自分次第

ロックバンドのSHOGUNが70年代の後半にリリースした「男たちのメロディ」という曲の歌詞に【どうせ一度の人生さ 運が悪けりゃ死ぬだけさ】というフレーズがある。

成功したいと思うなら挑戦するしかない。運が悪けりゃ死ぬだけさ。

まとめ

他者を通じて感じたことを自分に言い聞かせるようにして、どちらかの思考に偏らず表裏一体の部分をそれぞれの視点から書いてみました。

でもね、人って毎日少しづつだったり小さなことに対して挑戦し続けているんだと思うんだ。

そして、結局は自分を信じて、挑戦する歩みを止めてはならない、挑戦し続ける中で、時には大きな挑戦に挑むのかそれとも避けるのかの岐路に立たされる。

その時にチャレンジを選ばなければ、成功という結果はついてこない。これを結びの言葉とします。

挑戦しなければ失敗はしない、けれども絶対に成功することはない
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